石田三成

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

石田三成いしだみつなりは、豊臣秀吉とよとみひでよしにとても信頼されていた家来です。三成は戦いよりも、算数や事務作業が得意でした。秀吉が日本を統一するために行った、全国の田んぼの広さを調べる「太閤検地たいこうけんち」という大仕事を中心になって進めました。

秀吉が亡くなった後、三成は「豊臣家を乗っ取ろうとしている」と考えた徳川家康とくがわいえやすと対立します。1600年、岐阜県ぎふけんせきはらという場所で、三成たちの「西軍」と家康たちの「東軍」が大きな戦いをしました。これを「せきはらたたかい」と呼びます。

三成は一生懸命戦いましたが、味方の裏切うらぎりなどがあって負けてしまいました。しかし、最後まで秀吉への忠義ちゅうぎを貫いた姿は、今でも多くの人に尊敬そんけいされています。

ルラスタコラム

三成が子供の頃、お寺で秀吉にお茶を出した「三献茶(さんこんちゃ)」という有名な話があります。最初はぬるめのお茶をたっぷり、次は少し熱めのお茶を半分、最後は熱いお茶を少しだけ出しました。相手の喉の渇き具合に合わせてお茶の温度や量を変える気配りに、秀吉は感動して三成を家来にしたと言われています。

記事の内容に誤りがありますか?

⚠️ 修正を提案する