班田収授の法

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

奈良時代(ならじだい)のころ、国が農民(のうみん)に田んぼを貸(か)し出す「班田収授(はんでんしゅうじゅ)の法」という決まりがありました。この決まりでは、6歳(さい)になった男の子や女の子に「口分田(くぶんでん)」という田んぼを与(あた)え、その人が死んだら国に返(かえ)すことになっていました。

国は6年ごとに「戸籍(こせき)」という名簿(めいぼ)を作って、だれがどこに住んでいるかをしっかり調べていました。田んぼを借りた農民(のうみん)は、お礼としてお米や布(ぬの)、各地(かくち)の特産物(とくさんぶつ)を税(ぜい)として国に納(おさ)めなければなりませんでした。

しかし、この税(ぜい)がとても重(おも)かったため、農民(のうみん)の生活はとても苦(くる)しく、自分の田んぼを捨(す)てて逃(に)げ出してしまう人もたくさんいました。そのため、この制度(せいど)はだんだんと立ち行かなくなっていきました。

ルラスタコラム

当時の農民がいかに苦しかったかは、山上憶良が作った「貧窮問答歌(びんきゅうもんどううた)」という歌から知ることができます。食べ物もなく、寒さにふるえる様子がリアルに描かれています。

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