一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
犬養毅は、今から90年ほど前に日本の総理大臣を務めた政治家です。尾崎行雄とともに、国民の意見を大切にする政治を目指して活動し、「憲政の神様」と呼ばれて多くの人に尊敬されていました。
そのころ、日本の軍隊は中国での争いを広げようとしていましたが、犬養は「話し合いで平和に解決すべきだ」と考え、軍隊の暴走を止めようとしました。しかし、1932年5月15日、考え方のちがう海軍の若い将校たちが、首相官邸を襲撃しました。これが「五・一五事件」です。
犬養は、自分を殺そうとする相手に対しても「話せばわかる」と言って、最後まで話し合いで解決しようとしました。しかし、将校たちは「問答無用」と言って、彼を撃ってしまいました。犬養が亡くなったことで、話し合いで進める政治が終わり、日本は軍隊が中心となって動く戦争への道を進むことになったのです。
ルラスタコラム
犬養毅は、もともとは新聞記者でした。そのため、暴力ではなく「言葉の力」で世の中を良くしようという強い思いを持っていました。暗殺されたとき、犯人たちに「くつを脱いで上がれ、話を聞いてやる」と言ったというエピソードも残っています。最後まで対話を信じた、勇気ある政治家でした。
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