犬上御田鍬

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

犬上御田鍬(いぬがみのみたすき)は、今から1400年ほど前の飛鳥時代(あすかじだい)に、初めての「遣唐使(けんとうし)」として中国(唐(とう))にわたった人です。それよりも前には、前の王朝(おうちょう)である「隋(ずい)」へ行く使いとしても中国に行っていたため、外国とのつきあいにとてもなれたベテランの役人でした。

当時は船で海をわたるのが命(いのち)がけの時代でした。それでも御田鍬たちが命がけで持ち帰った新しい文化や考え方は、その後の日本が立派(りっぱ)な国になるための大切なヒントになりました。のちに来日(らいにち)する鑑真(がんじん)のように、日本の仏教(ぶっきょう)のルールを整えてくれた人も、こうした遣唐使の道があったからこそ日本に来ることができたのです。

ルラスタコラム

犬上御田鍬の「犬上」という名前は、今の滋賀県(しがけん)にある「犬上郡(いぬがみぐん)」という地名に関係があります。実は、有名な彦根城(ひこねじょう)がある地域(ちいき)もこの犬上の一部なんですよ。地元の有力なリーダーが、国の代表として海をわたり、世界とつながっていたのですね!

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