朱雀門

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

奈良県(ならけん)にある平城京(へいじょうきょう)という大昔(おおむかし)の都(みやこ)には、とても立派(りっぱ)な門(もん)がありました。それが「朱雀門(すざくもん)」です。この門(もん)は、都(みやこ)の正面(しょうめん)の入口(いりぐち)としてつくられました。

当時は、全国(ぜんこく)から集(あつ)まった「租(そ)・庸(よう)・調(ちょう)」という名前(なまえ)の税金(ぜいきん)や、いろいろな特産物(とくさんぶつ)がこの門(もん)を通(とお)って運(はこ)ばれてきました。また、当時は紙(かみ)がとても貴重(きちょう)だったので、荷物(にもつ)のふだとして「木簡(もっかん)」という木(き)の札(ふだ)を使(つか)っていました。木簡(もっかん)を調(しら)べると、和歌山県(わかやまけん)(紀伊国(きいのくに))などから荷物(にもつ)が届(とど)いていたことがわかります。

朱雀門(すざくもん)のまわりでは、日本(にほん)ではじめての本格的(ほんかくてき)なお金(かね)である「和同開珎(わどうかいちん)」も使(つか)われるようになりました。朱雀門(すざくもん)は、全国(ぜんこく)から物(もの)や人(ひと)が集(あつ)まる、とてもにぎやかで大切(たいせつ)な場所(ばしょ)だったのです。

ルラスタコラム

朱雀門(すざくもん)の「朱雀(すざく)」とは、南(みなみ)の方角(ほうがく)を守(まも)る伝説(でんせつ)の鳥(とり)の名前(なまえ)です。大昔(おおむかし)の都(みやこ)づくりでは、方角(ほうがく)ごとに守(まも)り神(がみ)がいると信(しん)じられていたといわれています。

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