朱印船貿易

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

江戸時代の初めごろ、徳川家康とくがわいえやすが「朱印状しゅいんじょう」という特別な許可証(パスポートのようなもの)を配って、正式にみとめた船で行った貿易ぼうえきのことを「朱印船貿易しゅいんせんぼうえき」といいます。

この貿易ぼうえきでは、日本の銀と、中国の生糸(シルクの材料)などがさかんに取り引きされました。日本の船は、今のタイやベトナム、フィリピンといった東南アジアへたくさん出かけていきました。それらの国々には「日本町」という、日本人が住む大きな町まで作られたほどです。

しかし、キリスト教が広まることをおそれた幕府が、日本人が海外へ行くことを禁止したため、この貿易ぼうえきは終わりをむかえることになりました。これが後の「鎖国さこく」へとつながっていきます。

ルラスタコラム

当時、日本は世界でも指折りの「銀」の産地でした。朱印船貿易で使われた日本の銀は、アジア全体の経済を動かすほど大きな力を持っていたといわれています。

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