日比谷焼き打ち事件

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

日露戦争にちろせんそうが終わったとき、日本とロシアの間で「ポーツマス条約じょうやく」という約束が結ばれました。しかし、この内容に怒った人々が東京で起こした大きな暴動ぼうどうが「日比谷焼き打ち事件」です。

当時の日本人は、戦争のために重い税金を払ったり、家族を亡くしたりして、とても苦しい生活に耐えていました。そのため、戦争に勝てばロシアからたくさんのお金(賠償金ばいしょうきん)がもらえると信じていたのです。

ところが、実際にはお金をもらうことができませんでした。これを知った人々は「あんなに苦労したのに、納得できない!」と激しく怒り、日比谷公園に集まって警察けいさつや建物を燃やすなどの大きな騒ぎになったのです。

ルラスタコラム

この事件のあと、東京には「戒厳令かいげんれい」という特別な命令が出され、軍隊が町を守るほどの大騒動になりました。国民が政治に対して自分の意見をはっきり言うようになった、歴史の大きな分かれ道だったのですね。

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