一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
昔の日本で、農家の人たちが今の税金の代わりに殿様(幕府や藩)へ納めていたお米のことを「年貢米」といいます。
豊臣秀吉が行った「太閤検地」という調査によって、それぞれの田んぼでどれくらいのお米が取れるかが決められました。農家の人たちは、取れたお米の何割かを決まった量だけ納めなければなりませんでした。
明治時代になると「地租改正」という大きな変化がありました。これにより、お米ではなく現金で税金を払う仕組みに変わり、土地の持ち主を証明する「地券」という紙が配られるようになりました。これによって、今の私たちが使っている税金の仕組みの基礎が作られたのです。
ルラスタコラム
江戸時代には「四公六民(しこうろくみん)」という言葉がありました。これは「収穫したお米の4割を殿様に納め、残りの6割を自分たちの分にする」という意味です。半分近くを税金として出さなければならなかったので、昔の農家の人たちの生活はとても大変でした。
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