寛政の改革

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

江戸時代の半ばごろ、松平定信まつだいらさだのぶという老中ろうじゅう(幕府のリーダー)が行った政治の立て直しを「寛政かんせいの改革」といいます。

当時の日本は、食べ物が足りなくなる「ききん」が起きたり、政治が乱れたりして、とても大変な時期でした。そこで定信は、むだづかいをやめて、きびしいルールを守るように命令しました。

たとえば、幕府の学校では「朱子学しゅしがく」という学問以外を教えることを禁止したり、ききんにそなえてお米をたくわえさせたりしました。また、借金で苦しんでいた武士たちを助けるために、借金をチャラにするという思い切った命令も出しました。

しかし、あまりにもルールが厳しすぎたため、人々の不満が高まり、約6年で終わることになってしまいました。

ルラスタコラム

定信の政治があまりにきびしかったので、当時の人々は「水がきれいすぎると魚が住めないように、今の政治は息苦しくて、昔のちょっといい加減な政治のほうがよかった」という内容の歌を作って、定信を皮肉ったといわれています。

記事の内容に誤りがありますか?

⚠️ 修正を提案する