大宰府

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

大宰府(だざいふ)は、むかしの日本で九州(きゅうしゅう)全体をまとめたり、外国からの船をむかえたりするために作られた、とても大きな役所(やくしょ)です。今の福岡県(ふくおかけん)にありました。

約1300年前、日本は外国との戦いに負けたあと、「もし外国がせめてきたら大変だ!」と考えて、九州の守りを強くしました。そこで、大きな土の壁(かべ)である「水城(みずき)」や、山の上のお城を作って、大宰府を守るようにしたのです。また、東日本のほうからも「防人(さきもり)」という兵士(へいし)たちが集められ、海を見はっていました。

大宰府は、都(みやこ)から遠くはなれて政治(せいじ)を行う大切な場所だったので、「遠の朝廷(とおのみかど)」ともよばれていました。

ルラスタコラム

大宰府へは、都から「山陽道(さんようどう)」という大きな道がつながっていました。この道を使って、九州で集めたお米や布などの税(ぜい)を都まで運んだり、役人が行き来したりしていたんですよ。

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