一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
江戸時代、農民の人たちが作ったお米の一部を、税金としてお殿様に納める決まりがありました。これを「年貢」と言います。
「四公六民(しこうろくみん)」とは、その年貢をどのくらい納めるかという割合のことです。たとえば、全部で10個のお米がとれたら、そのうちの4個をお殿様に納めて、残りの6個を農民の取り分にするという約束です。
江戸時代の初めのころは、この「4割を納める」というのが標準的な決まりでした。しかし、あとの時代になると、お殿様の生活が苦しくなったため、5割を納める「五公五民(ごこうごみん)」へと負担が重くなっていくことが多くなりました。
ルラスタコラム
江戸時代の農民は、お米をたくさん作っていても、自分たちが白いご飯を食べられることはめったにありませんでした。お米はとても貴重なものだったので、ふだんはアワやヒエなどの穀物を混ぜて、お米を節約して暮らしていたそうです。
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