北路

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

昔、日本から中国(唐)へ勉強に行く「遣唐使(けんとうし)」という人たちがいました。彼らが最初に使った「北路(ほくろ)」という道は、対馬(つしま)から朝鮮(ちょうせん)半島のすぐ近くを通って進む、陸地が見える安心なコースでした。

しかし、途中にあった新羅(しらぎ)という国と仲が悪くなってしまったため、この安全な道が通れなくなりました。その後は、嵐(あらし)が多い広い海を突っ切る「南路(なんろ)」というとても危険な道を使わなければならなくなりました。

日本に正しい仏教(ぶっきょう)のルールを伝えに来てくれた鑑真(がんじん)という有名なお坊さんも、この恐ろしい海を何度も渡ろうとして、大変な苦労をされたのです。

ルラスタコラム

当時の船は今の船と違って、風や波にとても弱かったんだ。遣唐使の船は「浮かぶお棺(かん)」と呼ばれるほど危険で、無事に帰ってこられる確率は半分くらいだったと言われているよ。命がけの旅だったんだね。

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