下関砲撃事件

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

江戸時代の終わりごろ、今の山口県にあった長州藩ちょうしゅうはんというグループが、関門海峡を通る外国の船を大砲で攻撃しました。これは、当時の日本で「外国人を追い出そう」という考えがとても強かったからです。

しかし、攻撃されたアメリカやイギリスなど4つの国は、とても強い軍隊を送って反撃してきました。外国の強さを思い知らされた長州藩ちょうしゅうはんは、力ずくで追い出すのは無理だと気づきます。その後、日本を新しく作り変えようとする「明治維新めいじいしん」の中心になっていくのです。

ルラスタコラム

この戦いで、外国の船は17隻も集まりました。当時の日本にとって、煙を吐いて進む巨大な軍艦ぐんかんが並ぶ姿は、信じられないほど恐ろしい光景だったといわれています。

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