アテルイ

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

平安時代(へいあんじだい)のはじめごろ、東北地方(とうほくちほう)で「蝦夷(えみし)」とよばれた人々のリーダーだったのがアテルイです。当時の天皇(てんのう)であった桓武天皇(かんむてんのう)は、都(みやこ)を平安京(へいあんきょう)にうつして、律令(りつりょう)というきまりを立て直そうとしました。その一環(いっかん)として、東北(とうほく)へも朝廷(ちょうてい)の支配(しはい)を広げようとして、軍(ぐん)を送ったのです。

アテルイは仲間(なかま)の土地(とち)を守るために、朝廷(ちょうてい)の軍(ぐん)と激(はげ)しく戦いました。しかし最後(さいご)は、征夷大将軍(せいいだいしょうぐん)として送られた坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)に敗(やぶ)れ、胆沢城(いさわじょう)で降伏(こうふく)することになりました。

ルラスタコラム

坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)は、敵(てき)として戦ったアテルイの強(つよ)さを認(みと)めていて、降伏(こうふく)したあとに「命(いのち)を助(たす)けてあげてほしい」と朝廷(ちょうてい)にお願いしたと言われています。残念(ざんねん)ながら願いはかないませんでしたが、今でも二人は友情(ゆうじょう)のような絆(きずな)があったと語りつがれています。

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