雨森芳洲

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)は、江戸時代えどじだいに日本と朝鮮半島ちょうせんはんとうが仲良くできるように力をつくした人です。芳洲は、今の滋賀県しがけんで生まれ、一生けんめい勉強して儒学者じゅがくしゃという先生になりました。その後、日本と朝鮮半島ちょうせんはんとうの間にあった対馬つしまという島で働くことになります。彼は、相手の国の言葉を勉強して、相手の国の歴史や文化を心から理解しようとしました。

芳洲が一番大切にしたのは「誠信せいしん」という言葉です。これは「うそをつかず、まごころを持って相手と付き合う」という意味です。自分の考えを押しつけるのではなく、相手のことを大切に思うことで、長い間、平和な関係を守ることができたのです。

ルラスタコラム

日本と朝鮮半島ちょうせんはんとうの交流は、もっと昔から続いていました。福岡県にある「沖ノ島」という島では、大昔に朝鮮半島ちょうせんはんとうから伝わった宝物がたくさん見つかっていて、「海の正倉院しょうそういん」と呼ばれています。雨森芳洲は、こうした長い歴史を大切にしながら、新しい時代の平和を作ったのですね。

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