長崎での貿易

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

江戸時代の日本は、外国との付き合いを厳しく制限する「鎖国さこく」という仕組みを作っていました。その中で、長崎だけは特別な場所として、外国と貿易をすることが許されていました。

長崎では、海の上に作られた「出島でじま」という場所にオランダ人が住み、町のほうには「唐人屋敷とうじんやしき」という中国の人たちが住む場所が作られました。そこでは、日本から銀や銅を出し、外国から生糸や砂糖、薬などを買っていました。幕府という当時の政府は、貿易を自分たちの手だけでしっかり管理しようとしたのです。

これによって日本は平和な時代を築いていくことになります。しかし、幕府が力を強めるために大名の領地を取り上げたりしたことで、仕事がなくなった「浪人ろうにん」という武士ぶしが増えてしまい、社会が不安定になることもありました。そこで幕府は、力で押さえつけるのではなく、決まりや「礼節れいせつ」を大切にする政治へと変えていったのです。

ルラスタコラム

長崎の貿易では、食べ物や道具だけでなく、ゾウなどの珍しい動物も日本にやってきました。また、砂糖がたくさん輸入されたことで、長崎では独特のお菓子文化が発展しました。カステラが今でも有名なのは、当時の貿易がきっかけだったのですね。

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