一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
明治時代、日本は外国と結んでいた「自分たちに不利なルール(不平等な条約)」を変えてもらいたいと考えていました。そのためには、日本が外国と同じくらい進んだ国であることを認めてもらう必要がありました。そこで政府は、建物を洋風にしたり、洋服を着てダンスを踊ったりして、西洋の文化をどんどん取り入れました。これを「欧化政策」といいます。
そのシンボルとなったのが、東京に建てられた「鹿鳴館」という豪華な建物です。ここではパーティーが開かれ、日本のえらい人たちが一生懸命、外国の人たちをもてなしました。しかし、あまりにも急に見た目だけを真似しようとしたため、「日本の良さを忘れている」と反対する人もたくさん現れました。
ルラスタコラム
当時、日本に来ていたフランス人の画家ビゴーは、慣れない洋服を着ておめかしをする日本人を、サルが人間の真似をしているような絵に描いて皮肉りました。見た目を変えるだけでは、本当の意味で対等に認めてもらうのは難しかったのですね。
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