松平定信

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

松平定信まつだいらさだのぶは、江戸時代の有名な政治家です。8代将軍である徳川吉宗とくがわよしむねの孫にあたります。彼がリーダー(老中ろうじゅう)として行った政治を「寛政かんせいの改革」と呼びます。

そのころ、日本は大きな「飢饉ききん(食べ物がなくなること)」でお米が足りず、人々が苦しんでいました。定信は世の中を立て直すため、大名にお米をたくわえさせる「囲米かこいまいの制」や、町の人にお金を貯金させる「七分積金しちぶつみきん」を始めました。また、武士には「朱子学しゅしがく」という正しい学問をしっかり勉強するように厳しく命じました。

しかし、あまりにルールが厳しすぎたため、人々からは「定信さんの政治は、水がきれいすぎて魚が住めない川のようだ」という悪口(狂歌きょうか)を言われてしまうほどでした。結局、定信は7年ほどで仕事を辞めることになりました。

ルラスタコラム

定信が町の人に貯金させた「七分積金」のお金は、のちに形を変えながら明治時代まで残り、今の東京の街をきれいに整備するために役立てられたんですよ。

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