杉原千畝

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

第二次世界大戦のとき、ヨーロッパのリトアニアという国で、たくさんのユダヤ人の命を救った日本の外交官がいこうかんです。

1940年、ドイツのナチスというグループがユダヤ人を苦しめていたとき、多くの人々が逃げ場所を求めていました。リトアニアの領事館にいた杉原千畝さんのもとには、日本を通りぬけて逃げたいと願う人々が殺到さっとうしました。

日本政府からは「ビザ(入国をゆるす書類)を出してはいけない」という命令が出ていましたが、杉原さんは「目の前の命を放っておけない」と考え、命令に逆らってまでもビザを書き続けました。このビザはのちに「命のビザ」と呼ばれ、約6,000人もの命を救うことになったのです。

ルラスタコラム

杉原さんは、リトアニアを去る最後の瞬間まで、駅のホームや列車の中でもビザを書き続け、窓から手渡したといわれています。自分の立場よりも、他人の命を大切にした彼の勇気は、今でも世界中で尊敬されています。

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