本格的な政党内閣

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1918年に、原敬はらたかしというリーダーが中心となって作った内閣のことです。それまでの日本の政治は、一部の決まったグループの人たちが話し合って物事を決めていましたが、この時はじめて、選挙で選ばれた人たちのグループ(政党)が中心になって政治を行う仕組みが本格的にスタートしました。

この内閣ができるきっかけになったのは、「米騒動こめそうどう」というできごとです。お米の値段が上がりすぎて生活に困った人々が、全国で大きな反対運動を起こしたため、前の内閣が責任をとって辞めることになりました。そこで、国民にとても人気があった原敬はらたかしが選ばれたのです。

原敬はらたかしは、同じグループ(立憲政友会りっけんせいゆうかい)の仲間を大臣にたくさん任命しました。こうして、国民の声がより政治に届きやすくなる「政党政治せいとうせいじ」が広まるきっかけになりました。

ルラスタコラム

原敬は「平民宰相」と呼ばれて人気がありましたが、実はもともと武士の家の人でした。でも、新しい時代にはみんなと同じ立場でいたいと考え、国からもらえる特別な位(男爵など)をすべて断り続けていたといわれています。みんなと同じ目線で政治をしようとしたのですね。

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