- 1950年6月、北緯38度線を境界として分断されていた朝鮮半島において、北の朝鮮民主主義人民共和国と南の大韓民国の間で勃発した紛争です。
- 第二次世界大戦後の東西冷戦が武力衝突へと発展した「熱い戦争」の代表例であり、ソ連・中国が北側を、アメリカを中心とする国連軍が南側を支援しました。
- 日本にとっては、軍需物資の注文による「朝鮮特需」が経済復興の起爆剤となり、同時に警察予備隊の創設による再軍備の転換点となりました。
解説
朝鮮戦争の勃発は、戦後占領下にあった日本の社会・経済に決定的な影響を及ぼしました。経済面では、朝鮮半島へ出撃する米軍から車両の修理、繊維製品、鋼材、食料といった膨大な軍需物資の注文が舞い込みました。これが「朝鮮特需(特需景気)」と呼ばれる好景気をもたらし、敗戦後の深刻な不況にあえいでいた日本経済は息を吹き返し、後の高度経済成長へと向かう強力な足がかりとなりました。
政治・防衛面では、在日米軍の多くが朝鮮半島へ派遣されたことで、日本の国内警備に空白が生じました。これに対応するため、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)のマッカーサーは警察予備隊の創設を指示しました。これは後の保安隊を経て、現在の自衛隊へと繋がる再軍備の始まりとなりました。また、この戦争による東アジアの緊張は、アメリカが日本を「共産主義に対する防波堤」として早期に独立させる方針へと転換させ、サンフランシスコ平和条約の締結を加速させる要因となりました。
コラム
1953年に休戦協定が結ばれましたが、現在も法的な終結には至っておらず、軍事境界線を挟んで対峙が続く休戦状態にあります。この戦争を機に、日本国内では共産主義支持者を公職から追放する「レッドパージ」が行われるなど、冷戦の影響を強く受けた社会情勢へと変化していきました。経済面では、特需によってトヨタ自動車などの製造業が倒産の危機を免れたエピソードが有名であり、戦後日本の復興における大きな転換点と位置づけられています。