岩倉遣欧使節団

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

明治時代のはじめごろ、日本のリーダーたちがアメリカやヨーロッパの国々をたずねる大きなグループを作りました。これを「岩倉遣欧使節団いわくらけんおうしせつだん」と呼びます。中心となったのは岩倉具視いわくらともみという人物で、政府の重要な人たちや、若いきゅう学生など100人以上がいっしょに行きました。

目的は大きくわけて2つありました。1つは、昔むすんだ「日本に不利な約束(不平等条約ふびょうどうじょうやく)」を直してもらうための話し合いをすること。もう1つは、進んでいる外国の仕組みや技術を自分の目で見て学ぶことです。

けっきょく、約束をすぐに直すことはできませんでしたが、外国の進んだ様子を見てきたリーダーたちは「まずは日本の中を整えて、もっと強い国にしなければならない」と考えました。この経験が、その後の日本の新しい国づくりにとても大きな役割をはたしました。

ルラスタコラム

この使節団には、当時わずか6歳だった津田梅子さんという女の子も参加していました。彼女はアメリカで長く勉強して日本に帰り、のちに女子教育を広めるために一生けんめい働きました。

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