小作争議

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

昔の日本では、自分の田んぼを持っていない農家の人が、地主(土地の持ち主)から田んぼを借りてお米を作っていました。この人たちを「小作人」と呼びます。小作人は、収穫したお米の半分近くを「小作料」として地主に払わなければならず、生活はとても苦しいものでした。

大正時代になると、物の値段が上がって生活がいっそう大変になったため、小作人たちが「小作料を安くしてほしい」や「勝手に田んぼを取り上げないでほしい」と地主にうったえるようになりました。これを「小作争議こさくそうぎ」といいます。

1922年には、農家の人たちが力を合わせるために「日本農民組合」という大きな組織を作り、全国で自分たちの権利を守るための話し合いや運動を広げていきました。

ルラスタコラム

昔は、小作料をお金ではなく収穫したお米そのもので払うのがふつうでした。不作でお米がとれない年でも高い小作料を払わなければならなかったことが、争いが起きた大きな理由の一つだったのです。

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