太閤検地

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

太閤(たいこう)検地(けんち)とは、天下統一をなしとげた豊臣(とよとみ)秀吉(ひでよし)が、日本中の田んぼや畑の広さと、お米が取れる量を調べた大規模な調査のことです。

それまでは、地域によって「ものさし」や「ます(量をはかる箱)」の大きさがバラバラでしたが、秀吉はこれを全国で同じルールに統一しました。こうして、どこの土地でどれくらいのお米が取れるかを「石高(こくだか)」という単位で正確に計算できるようにしたのです。

調査の結果は「検地(けんち)帳(ちょう)」という帳簿にまとめられ、実際に土地をたがやしている農民の名前が記録されました。これにより、平安時代から続いていた複雑な土地の決まり(荘園(しょうえん)制度)がなくなり、農民の「土地をたがやす権利」と「年貢(ねんぐ)を納める義務」がはっきりしました。農民は村にしばられて勝手に移動できなくなりましたが、武士と農民の身分を分ける「兵農(へいのう)分離(ぶんり)」が進むきっかけとなりました。

ルラスタコラム

「太閤」というのは、高い位である「関白(かんぱく)」を引退した人の呼び名です。秀吉が引退したあとも大きな力を持っていたため、秀吉が行ったこの有名な調査を「太閤検地」と呼ぶようになりました。

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