城郭建築

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

織田(おだ)信長(のぶなが)や豊臣(とよとみ)秀吉(ひでよし)が活躍(かつやく)した時代、それまでになかった強(つよ)くて豪華(ごうか)な「お城(しろ)」が次々(つぎつぎ)と建(た)てられました。これを城郭(じょうかく)建築(けんちく)といいます。高(たか)くそびえる「天守(てんしゅ)」は、殿(との)さまの力(ちから)を見(み)せつけるためのシンボルでもありました。

お城(しろ)の中(なか)に入(はい)ると、金(きん)色(いろ)の紙(かみ)に描(えが)かれた、まぶしいほど立派(りっぱ)な障壁画(しょうへきが)という絵(え)が飾(かざ)られていました。また、千(せん)利休(りきゅう)という人(ひと)によって広(ひろ)められた茶(ちゃ)の湯(ゆ)(お茶(ちゃ)の会(かい))なども、お城(しろ)の中(なか)で行(おこな)われました。兵庫県(ひょうごけん)にある姫路城(ひめじじょう)は、今(いま)でもその美(うつく)しさが世界中(せかいじゅう)から注目(ちゅうもく)されています。

ルラスタコラム

「桃山文化」という名前は、豊臣秀吉が建てた伏見城のあと地に、たくさんの「桃の木」が植えられたことから、その場所が「桃山」と呼ばれるようになったのがきっかけなんだよ。

記事の内容に誤りがありますか?

⚠️ 修正を提案する