口分田

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

口分田(くぶんでん)とは、奈良時代(ならじだい)の日本(にほん)で、国(くに)から農民(のうみん)に貸(か)し出(だ)された田(た)んぼのことです。6歳(さい)になった男(おとこ)の子(こ)や女(おんな)の子(こ)に平等(びょうどう)に分(わ)け与(あた)えられ、農民(のうみん)はその土地(とち)を自由(じゆう)に使(つか)える代(か)わりに、とれたお米(こめ)の約(やく)3%を税金(ぜいきん)として国(くに)に納(おさ)める必要(ひつよう)がありました。

この仕組(しく)みを「班田収授(はんでんしゅうじゅ)の法(ほう)」と呼(よ)びます。もらった土地(とち)は自分(じぶん)の物(もの)ではなく、死(し)んだら国(くに)に返(かえ)さなければなりませんでした。しかし、人口(じんこう)が増(ふ)えて配(くば)る田(た)んぼが足(た)りなくなったり、ほかにも重(おも)い税金(ぜいきん)がたくさんあって生活(せいかつ)が苦(くる)しくなったりしたため、田(た)んぼを捨(す)てて逃(に)げ出(だ)す農民(のうみん)も現(あら)われるようになりました。

ルラスタコラム

口分田が配られたとき、土地を正確に分けるために「条里制(じょうりせい)」という方法で、田んぼをきれいな四角形に区切りました。今の日本でも、飛行機から見ると当時の区切りがそのまま残っている場所があるんですよ!

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