一般小学生
まとめ
小学生のみなさんへ
1918年(大正7年)に、お米の値段が上がったことに怒った人々が起こした「米騒動」という事件のあとに誕生したのが原敬内閣です。
リーダーの原敬さんは、それまでの総理大臣とはちがい、特別な位(爵位)を持たない「ふつうの人(平民)」だったので、「平民宰相」とよばれて国民からとても人気がありました。
この内閣の一番の特徴は、選挙で選ばれたメンバーが集まった「政党」を中心に政治を行ったことです。これを「本格的な政党内閣」といい、今の日本の政治につながる大切な一歩となりました。原さんは、みんなが勉強できるように大学を増やしたり、荷物や人を運ぶための鉄道を全国に広げたりして、日本を豊かにしようと頑張りました。
ルラスタコラム
原さんは、自分のことを自慢しないとても謙虚な人でした。亡くなる前に「自分のお墓には名前だけを書いて、位などは書かないでほしい」という遺言を残していたそうです。岩手県にあるお墓には、今も「原敬」とだけ刻まれています。
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