勤労動員

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

太平洋戦争(たいへいようせんそう)という大きな戦争が続いていたころ、日本では工場や畑で働く大人が足りなくなってしまいました。そこで、中学生や高校生くらいの男の子や女の子が、学校で勉強するのをやめて、軍の工場で爆弾ばくだんや飛行機を作ったり、農村で食べ物を作ったりして働くことになりました。これを「勤労動員」といいます。

当時は、戦争に勝つために国民みんなが協力しなければならないという厳しい決まりがありました。そのため、子どもたちも自由に勉強したり遊んだりすることができず、朝から晩まで一生懸命いっしょうけんめい働かされたのです。こうした生活は、戦争が終わるまで続き、子どもたちの貴重な学習の時間がうばわれてしまいました。

ルラスタコラム

当時は、学校の校庭も運動をする場所ではなく、サツマイモやカボチャなどを育てる「畑」として使われていました。お腹がすいた時代だったので、勉強よりも食べ物を作ることが優先されたのですね。

記事の内容に誤りがありますか?

⚠️ 修正を提案する