二条河原の落書

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1333年に鎌倉幕府がたおれたあと、後醍醐ごだいご天皇は「建武けんむの新政」という新しい政治を始めました。しかし、この政治は武士たちの不満をまねき、京都の町は大混乱におちいります。そんな中、京都の二条河原という場所に、当時の政治や社会の乱れを皮肉たっぷりに書いた「立て札」が現れました。これが「二条河原にじょうがわら落書らくしゅ」です。

この文章には、うその文書が出回ったり、ふさわしくない人が出世したりする世の中の様子が、リズムの良い言葉で書かれています。この混乱がもとで、わずか2年ほどで新しい政治は終わり、足利尊氏あしかがたかうじが室町幕府を開くことにつながっていきました。

ルラスタコラム

この「落書(らくしゅ)」は、今でいうSNSの「つぶやき」や「炎上」に似ているかもしれません。名前をかくして、世の中への不満をみんなが見る場所に書き出したものだからです。当時の人々の本音がわかる大切な歴史の証拠になっています。

記事の内容に誤りがありますか?

⚠️ 修正を提案する