ラクスマンの来航

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

1792年、ロシアからアダム・ラクスマンという人が、蝦夷地えぞち(今の北海道)の根室ねむろにやってきました。ラクスマンが日本に来た理由は、大きくわけて2つあります。1つは、ロシアに流れ着いて助けられていた「大黒屋光太夫こうだゆう」という日本人を送り届けること。もう1つは、日本と貿易(品物の売り買い)を始めるようお願いすることでした。

当時の日本は「鎖国さこく」をしていて、外国とのおつきあいをきびしく制限していました。そのため、江戸幕府はラクスマンの貿易のお願いをことわります。しかし、ロシアとトラブルになるのをさけるため、長崎の港に入るための許可証をわたして、いったん帰ってもらいました。

この出来事をきっかけに、日本は「外国の船がどんどん攻めてくるかもしれない」と心配するようになります。ラクスマンが来たことは、江戸時代が終わるきっかけとなる「開国(国を開くこと)」へとつながる、最初の大事件だったのです。

ルラスタコラム

ラクスマンといっしょに日本に帰ってきた大黒屋光太夫は、ロシアで皇帝のエカチェリーナ2世に会ったことがあるすごい人です。光太夫がロシアで見たことや聞いたことは、当時の日本の学者たちに大きな影響をあたえました。

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