ポーツマス条約

一般小学生

まとめ

小学生のみなさんへ

ポーツマス条約じょうやくは、1905年に日本とロシアの間で結ばれた、日露戦争にちろせんそうを終わらせるための約束(講和条約こうわじょうやく)です。アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領だいとうりょうが仲立ちをして、アメリカのポーツマスという場所で話し合いが行われました。

この約束で、日本は韓国かんこくを指導する権利や、樺太からふとの南半分を日本の土地にすることなどが認められました。しかし、ロシアからおわびのお金(賠償金ばいしょうきん)をもらうことはできませんでした。

当時の日本人は、重い税金にたえながら一生懸命に戦争を応援おうえんしていたため、「お金がもらえないなんて納得なっとくできない!」と怒り、東京の日比谷ひびやなどで激しい反対運動が起きました。

ルラスタコラム

条約を結んだ日本の代表、小村寿太郎こむらじゅたろうは、帰りの船で国民から責められることを覚悟していたといわれています。当時の日本はこれ以上戦争を続ける力が残っておらず、苦しい決断だったのです。

記事の内容に誤りがありますか?

⚠️ 修正を提案する